短期間でここまでできる!生成AI業務効率化の事例
~3か月でAI業務改善(AI BPR)を実現した成功事例をご紹介~

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落合剛(コロニー株式会社/執行役員・インキュベーション事業部門長)

前回は、AI業務改善は3か月から始められること、 実施するにあたってどこから始めるべきか、 AIへの代替と相性の良い業務・悪い業務、 そして実際に3か月でAI業務改善(AI BPR※1)を進めるプロセスをお伝えしました。

とはいえ、 「理屈は分かった。で、実際どれくらい変わるの?」 というのが本音ではないでしょうか。

そこで今回は、ある不動産投資会社(REIT※2の資産運用会社)1社の事例を、業務ごとに分解してご紹介します。 同じ会社の中でも、業務の「型」によってAIの効き方も、狙いもまったく違う。そこが一番お伝えしたいところです。 数字が出せるものは、できるだけ数字でお見せします。

1社・5つの業務で、月275時間が約66.5時間に

どんな会社か

ご紹介するのは、REITの資産運用会社さんです。 すでに豊富な物件を運用していて、これからさらに物件を増やしていこうとしている。

ところが、ここに大きな悩みがありました。 物件が増えれば、チェックも集計も、そのまま比例して増える。 物件数を倍にしたら、業務の人も倍にしなければ回らない。 経営トップご自身が「それじゃあ、また倍やるのか」という危機感を持っておられました。

しかも、現場の負荷は特定の人に集中していました。 予算策定の時期になると、「1日中ほかの業務を置いて、この判定だけをやる日が、季節労働者的に出てきてしまう」。 担当の方は、そうおっしゃっていました。

業務は「3つの型」に収まる

ご相談いただいたのは7つの業務です。 一見するとバラバラですが、「何を入れて、何をして、何を出すのか」という本質の構造で見ていくと、実は3つの型に収まります。

  • 集計型:あちこちに散らばったデータを集めて突き合わせ、差の理由を見える化する(予算策定、予実管理※3)
  • 照合型:複数の書類の「合っている/合っていない」を機械的に見つけ、例外だけ人が処理する(入金消込※4、工事見積査定)
  • 判定型:規程や前例、基準に照らして妥当かどうかを判定する。最後の判断責任は人に残る(資産・費用判定、高額工事チェック、契約書レビュー)

ここが大事なところで、 7つの業務に7個のAIを作ると、まず間違いなく保守で破綻します。 型ごとに共通のエンジンを作り、業務ごとに差し替えるのは「プロンプトと参照データだけ」にする。 そうすれば、業務を増やすたびにゼロから作り直さなくて済みます。

AI業務改善事例:業務は集計型・照合型・判定型の3類型に収まる。型ごとのAIエンジンと、データの取り込み・整理・人のレビューという共通の土台で動かす仕組み

進める順番も大事です。 私たちは、集計型と照合型から先に手を付けました。 数字で成果が見えやすく、社外への影響も小さいからです。 判定型は会計監査や税務に直結するので、監査法人とのすり合わせだけで数か月かかる。 いきなりそこから入ると、改革そのものが止まってしまうんです。 まず現場が「自分の業務が楽になった」と実感する。それから判定型に進む。この順番です。

全体でどれだけ変わったか

業務 型 Before After 削減率
① 資産・費用判定 判定型 月約12時間 月約3時間 約75%
② 工事見積査定 照合型 月約133時間 月約33時間 約75%
③ 予実管理 集計型 月54時間 月約11時間 約80%
④ 入金消込・レポートチェック 照合型 月44時間 月7.5時間 約83%
⑤ 高額工事チェック 判定型 月約32時間 月約12時間 約63%
⑥ 予算策定 集計型 ③に含む ③に含む ―
①〜⑥の合計 ― 月約275時間 月約66.5時間 約76%
⑦ 契約書レビュー 判定型 既存の契約審査AIと併用 ― レビュー時間 約60〜70%

③の時間には、⑥の予算策定にかかる時間も含んでいます。⑦の契約書レビューは、すでに導入していた契約審査AIと組み合わせる形なので、合計からは外しています。 この記事では、①〜④の4つを詳しくご紹介します。

年間にすると約2,500時間、人件費に換算して約2,500万円です。 これに、工事査定の外部委託費の削減(年900万〜1,500万円)が乗ってきます。

ただ、本当の価値はこの数字ではありません。 物件が2倍になっても、業務の人を増やさなくていい。 「また倍やるのか」への答えが出せたことが、この会社さんにとっての一番の成果でした。

ここからは、主な4つの業務を一つずつ見ていきましょう。

1件30分が6.5分に。「季節労働」をAIの一次判定で消す

業務①:資産・費用判定(財務経理部門/判定型)

■Before:半期に140〜170件が、予算策定の時期に集中する

500万円を超える工事が発生すると、その工事費を「資産として計上するのか、費用で落とすのか、共通なのか」を判定して、按分しなければなりません。 判定の材料は、工事業者から届く見積書と状況報告書。 ところが、見積書のフォーマットは業者によって全部バラバラ。それが五月雨に届きます。

担当者は、PDFの見積書に色を付けていきます。 資産はピンク、費用は水色、共通は黄色。 その数字をExcelの計算シートに手で転記して、資産と費用の割合を出す。 台帳に反映して、メールで判定結果を返す。 これで、1件あたり約30分です。

1件で見れば、大した時間ではありません。 ところが、これが半期に140〜170件。しかも3月と9月の予算策定期に、一気に集中する。 半期で70〜85時間。その時期は、財務経理部門のほかの業務が止まってしまう。 「季節労働者的に」という言葉が出てくるのは、そういうことです。

しかも「こういう場合は大体資産だよね」「これは費用でいいんじゃない」という判断は、担当者の頭の中にある、ある種の暗黙知※5でした。

■How:RAGで「AIの目」を作る

ここで私たちがやったのは、RAG※6を作ること。 私はよく「目を作る」と言っています。

生成AIは賢いですが、その会社の過去の工事や判定のことは何も知りません。 RAGは、AIが答える前に社内の資料を探して「見に行く」仕組みです。 つまり、AIにその会社の事情を見るための「目」を付けてあげるわけです。

今回は、役割の違うAIを4層ほど重ねています。

AI業務改善事例①:資産・費用判定。RAGを使った4層構造のAIが見積書を読み込み、仕分け、過去の按分実績と社内ルールに照らして一次判定し、人は最終確認だけ

実はこの会社さんには、「工事判定ルール」という社内規程がすでにありました。 それをRAGに入れ、担当者の頭の中にあった判断基準も形式知にして足していく。 そのうえで、過去の類似工事の按分実績と照らし合わせて、AIが一次判定を出す。 ここが一番大事なところです。

ポイントは、「類似」の定義を先に決めておくこと。 何をもって「似ている工事」とするのか。 それさえ設定しておけば、近いものを探してくるのはLLM※7がやってくれます。

こう言うと大がかりな開発に聞こえるかもしれませんが、特殊な何かを開発したわけではありません。 既存のAIの組み合わせで、十分できてしまう。

ユーザーから見れば、画面はとてもシンプルです。 資料をアップロードすると、「問題なさそうです」「ここは人が確認してください」が返ってくるだけ。 「これ本当かな」と思ったら、クリックすれば元のPDFがその場で表示されるので、目検もすぐにできます。

ただし、AIの判定はあくまで「一次判定」です。 資産か費用かは、会計監査や税務に直結する。最後に確定させるのは人です。 「なぜこの判定なのか」を問われたときに説明できるよう、AIが参照したルールと判断の根拠、人の承認履歴は、すべてログとして残しています。

実はこれ、現場の方ご自身が望んでいた形でもありました。 「100%を求めているというよりは、一時的に作ってもらって、それを私たちがさっと見て、OKなものを返していくのがいい」。 AIが一次判定し、人が二次チェックする。ヒューマン・イン・ザ・ループ※8の設計です。

■After:1件30分 → 6.5分。約78%削減

項目 Before After
1件あたりの処理時間 約30分 約6.5分
半期の件数 140〜170件 140〜170件
半期の作業時間 約70〜85時間 約15〜18時間
削減効果 ― 約78%削減(半期で約55〜67時間)
作業の中身 PDFに色付けし、Excelへ手転記 AIが一次判定・按分・転記。人は確認だけ

一番時間を食っていた按分の作業は、10分から3分に。 計算シートへの転記は、人の手がそもそもいらなくなりました。 「1日中ほかの業務を止めて判定する」季節労働は、これで消えます。 さらに、今は500万円としている判定の基準を、300〜400万円まで下げられる余力も生まれました。

とはいえ、型化されていない業務は全然できません。 AIが仕事をしても、10%から15%くらいしか改善しない。 だからこそ、前回お話しした「生成AI代替との相性の見極め」が効いてくるわけです。

8時間の工事見積査定が2時間に。外部委託費も年最大1,500万円削減

業務②:工事見積査定(資産管理部門/照合型)

■Before:1件の査定に丸1日。しかも大半は外に出していた

工事の見積もりが上がってくると、その金額が妥当かどうかを査定しなければなりません。 見積もりを取り込んで、業者別に見て、仕分けて、社内標準に当たっているかどうかを確認する。 過去の査定実績と比べて、差分がどれぐらいあるかを見る。 さらに工事の見積もりは工数で計算されていますから、国が出している労務単価※9とも比較して、ずれていないかを確認する。

これを人がやると、1件あたり8時間。ほぼ丸1日です。

査定の件数は、年間で約1,400件。 とても社内だけでは回らないので、社内で対応するのは200件ほど。 残りの1,200件は、外部の専門会社に委託していました。1件あたり3万〜5万円。年間で数千万円になります。

■ How:過去の査定実績と労務単価をRAGでつなぐ

ここでも基本的な考え方は業務①と同じです。AIに「目」を付けてあげる。

この会社さんには、過去の査定結果を積み上げたデータが5,000行以上ありました。 業者、工事の種類、型番、数量、単価、掛率まで、きれいに整理されている。 これがあるかないかで、着手の難しさは1年違います。

AIは、過去の査定実績、原価データ、社内標準、そして都道府県別・職種別の労務単価を参照して、

  • 見積書をAI-OCR※10で読み取り、業者ごとにフォーマットが違っても項目をそろえる
  • 材料・労務・経費に費目を分ける
  • 類似する過去の工事を探してくる
  • 単価や労務単価と照合し、適正レンジ(下限・中央値・上限)を出す
  • 減額交渉の根拠と、「もう少しお安くなりませんか」というメールの下書きまで作る

ここまでをやります。

たとえば、空調の弁を交換する工事で、見積もりが1個12,000円だったとします。 AIは過去の類似工事を8件探してきて、適正レンジは10,500〜12,000円、中央値は11,250円と出す。 今回の見積もりは上限ぎりぎり。しかも配管工の人工が、過去の平均より0.7人工多い。 「ここは根拠を出してもらいましょう」と、交渉の材料まで並べてくれるわけです。

とはいえ、最後の交渉は人の仕事です。 人間関係と状況判断が要るところは、AIには任せない。 AIが出すレンジは、人が交渉するための「武器」なんです。

過去見積・原価・労務単価と照らし、8時間の査定を約2時間に

■ After:8時間 → 約2時間。外に出していた仕事を、社内に取り戻す

項目 Before After
1件あたりの査定時間 約8時間 約2時間(約75%削減)
社内で対応する件数 年約200件 年約500件
外部に委託する件数 年約1,200件 年約900件
外部委託費 年3,600万〜6,000万円 年2,700万〜4,500万円
削減効果 ― 外部委託費 年900万〜1,500万円削減

1件の時間が4分の1になれば、同じ人数で2.5倍の件数をさばける。 だから、外に出していた300件を社内に取り戻せたわけです。

この業務の狙いは、時間を浮かせることそのものよりも、外に払っていたコストを減らすことでした。 同じ会社の同じ「AI業務改善」でも、業務①とは狙いがまったく違うわけです。

月54時間の予実管理が約11時間に。「集めて作るだけ」の仕事をAIに

業務③:予実管理(資産運用部門/集計型)

■ Before:集めて、マクロで加工して、差の理由を1件ずつ書く

各物件の管理会社から、月次の実績がExcelで届く。テナント管理のシステムからもデータを出す。 それを予算のシートの形にマクロで加工して、物件別・科目別に予算と実績の差を計算する。

差が出たら、その理由を調べる。 テナントが入れ替わったのか、歩合賃料が増えたのか、電気料金の単価が変わったのか。 そして「どのテナントで、いくら」という差異コメントを、1件ずつ書いていく。 最後に経営会議用の資料にまとめて、差し戻されたら直す。

これで月に54時間。 データを集めて、加工して、計算するところだけで半分以上を占めていました。

これ、実はあまり付加価値のない業務ですよね。 「集めてレポートを作って出すって、本来は企画を考えるのがコア業務の部門がやる意味あるんでしたっけ?」という話です。

■ How:集計はAIに任せ、人は「下書きを確認する」だけ

データは日次で自動的に取り込み、物件×科目×月で自動的に並べる。 マクロで加工する作業そのものが、要らなくなります。

そのうえでAIが、テナントごとの契約状況や契約の変更履歴、売上報告書を参照して、差の理由を分解する。

たとえば、ある商業施設で「変動賃料が予算より約280万円多い」という差が出たとします。 AIは「新しいテナントの入居で+260万円、既存テナントの売上増による歩合賃料で+20万円」と分解して、そのままコメントの下書きまで書いてくれる。 参照した契約書や売上報告書も一緒に示してくれるので、確かめるのもすぐです。

担当者がやるのは、その下書きを確認して直すことだけ。ゼロからは書かない。

差異コメントを「ゼロから書く」から「AIの下書きを確認する」へ

■ After:月54時間 → 約11時間。浮いた時間を本来の「企画」へ

項目 Before After
月間の作業時間 約54時間 約11時間(約80%削減)
データの加工 マクロで約4時間 約10秒
経営会議資料の準備 約8時間 約2時間
差異コメント 担当者がゼロから記入 AIの下書きを確認・修正

ここでの狙いは、人を減らすことではありません。 本来の企画業務をしてもらうための時間捻出です。 会社としてどういう方向性で進むのか。組織をどうしたらいいのか。 そういうことに時間を使ってもらう。

もう一つ大きかったのが、経営層が金利や稼働率といった条件を自分で動かして、シナリオを見られるようになったことです。 「資料を作ってもらうのを待つ」のではなく、意思決定の材料を自分で触れる。これは大きな変化です。

効果はどう測るか:KPIと定性評価

ここで大事なのが、効果の測り方です。

業務①のように「工数を減らす」ことが目的なら、削減時間がそのままKPI※11になります。 業務②のように外部委託費を減らすのが目的なら、見るべきは委託費です。 そして業務③のように「浮いた時間を企画に回す」のが目的なら、削減時間だけを見ていても、本当の効果は分かりません。

測るもの 例 いつ見るか
定量:効率 1件あたりの処理時間、月間の作業時間 N1/N2※12の段階から
定量:コスト 外部委託費、人件費に換算した削減額 3か月以降
定量:品質 入力ミスの件数、人が修正した割合 N1/N2の段階から
定量:成果 企画に使えた時間、物件あたりの業務時間 3か月以降、展開後
定性 「企画に時間を使えるようになったか」「現場の判断とズレていないか」などの現場の声 N1/N2から継続して

だからこそ、最初に「何のために時間を空けるのか」を決めておくことが大事です。

私自身も、毎日使っています

実は私自身も、この領域ではAIをかなり使っています。 以前はお客様への提案資料を1本作るのに、1週間、2週間かかっていました。それが今は5日間ほどでできる。 業界研究や競合調査も、昔は国会図書館に通うなど、ものすごく時間をかけていましたが、今は生成AIにプロジェクトを設定すれば、数分でたたき台が出てきます。

ただし、ここにもコツがあります。 コンセプトは人間が決める。 それに対してゼロからイチを作るところは、実はAIのほうが早い。 そして、そのイチをブラッシュアップするのは人間です。もう一つ、AIには細かく設定してあげないと、正確な情報は出てきません。最初の設定で細かく規定してあげることで、AIが出してくる精度が格段に高くなります。

月44時間の入金消込が7.5時間に。物件が倍になっても、人は増やさない

業務④:入金消込・レポートチェック(財務経理部門/照合型)

■ Before:3つの書類を、目で突き合わせる

毎月、管理会社から請求と入金の一覧が届きます。 それと、テナント宛の請求書、銀行の入金明細。 この3つを、物件・契約・科目・月ごとに、目で突き合わせていく。 年間では2,400件を超えるチェックです。

振込人の名義は、「(株)」と「株式会社」、カナと漢字で表記がゆれる。 合わなければ管理会社に問い合わせて、回答をもらって、もう一度突き合わせる。 これを、2〜4回繰り返すこともあります。

これで月に44時間。 そのうち、3つの書類の目視突合だけで月14時間、全体の3割を占めていました。 担当の方の言葉を借りれば、「間違いはあるし、なんとかしないと」。 目で見ている限り、見落としは構造的に起きます。

■ How:4つのキーで自動突合し、例外だけ人が見る

ここは、一覧データの方はAI-OCRすら要りませんでした。 この会社さんの一覧には、契約番号・法人番号・金額・該当月が、すでにきれいに整理されていたからです。 請求書と入金明細はAIが読み取り、この4つのキーで自動的に突き合わせる。 名義の表記ゆれは、法人番号で名寄せします。

合わなかったものは、AIが原因の候補を確度つきで3つ挙げる。 テナントの解約なのか、賃料の改定なのか、入金の遅れなのか。 管理会社への照会メールの下書きまで作ります。

実際に試したところ、242件の取引データの突合が6.8秒で終わりました。 人がやれば、約14時間かかる作業です。

月次の締めの初日、朝出社すると「一致234件、要確認5件、差異3件」と画面に出ている。 人が見るのは、その8件だけ。 作業の8割がたAIが行ってくれるので、もう全件を目で見る必要はありません。

3つの書類の目視突合を、4つのキーでの自動突合へ

■ After:月44時間 → 7.5時間。物件が2倍でも月12時間

項目 Before After
月間の作業時間 約44時間 約7.5時間(約83%削減)
3つの書類の突合 目視で月約14時間 自動(242件を6.8秒)
月次の締め 5営業日 2営業日

この業務で一番お伝えしたいのは、物件が増えたときの話です。

物件数 これまでのやり方 AI化後
現状 月44時間 月7.5時間
1.5倍 月66時間(人員の追加が必要) 月9.5時間
2倍 月88時間(人員の追加が必須) 月12時間

物件数が増えれば、AI化後も「合わなかった件数」は2~3%出るので、確認作業が比例して増えますが、最も作業時間がかかっていた目視突合作業をAIが瞬時に行ってくれることで、物件が増えても人の時間はほとんど増えないわけです。

5つの業務全体で見ても同じです。 物件が2倍になれば、これまでのやり方では月550時間、人員を2名増やさなければ回らない。 それがAI化後は月110時間ほどで収まり、増員はゼロ。 冒頭の「また倍やるのか」への答えが、これです。

小さく始めて大きく展開するための壁。AIは最初「イケてない」

ここまで、1社の4つの業務をご紹介しました。 どれも、特殊な技術を使ったわけではありません。

では、なぜ現場が自分たちでさっさとやらないのか。 そこには、いくつかの壁があります。

壁1:AIは「イケてる新人」。最初は育てないと使えない

前回お話しした求人票の例で言うと、 夜8時に会社に戻ってきて、「AIが使えるって聞いたからやってみるか」と投げてみる。 でも、投げ方もいまいちだし、出てくるアウトプットもいまいち。 「なんか使えないなぁ」となって、結局、AIで求人原稿を作るのをやめてしまう。 諦めるのが早いんです。

私はAIのことをよく「イケてる新人」だと言っています。 イケてる新人ですから、教えてあげないとできるようにはならない。 ただし、でき始めたらめっちゃ使える。 一度いいプロンプト※13を作れば、何回でも回せる。

問題は、そこにたどり着くまでに労力がかかることです。 それをコストだと思うと、人はやらない。

今回の会社さんでも同じです。 工事判定ルールや査定のデータという「教材」は、最初からそろっていた。 それでも、現場の判断とズレるところを一つずつ教えていく期間は、やはり必要でした。

段階 AIの状態 人がやること
入社直後(モック) 賢いが、その会社のやり方を知らない 業務の流れを一度AIに通してみる
OJT(N1/N2) 現場の判断とズレるところが出てくる 現場の暗黙知をルールとして教える
独り立ち(チューニング後) 教えたことを何度でも再現できる 最終確認と、時々の指導
AIは「イケてる新人」。教えると急にできるようになる

壁2:100人が100人、同じ新人を育てる無駄

では、全員がそれぞれに新人を育てればいいかというと、そうではありません。

一人1時間かけたとしても、100人いれば100時間。 百人が百人、同じことをやる意味はない。 しかも、すぐやってみようと思える人もいれば、そうでない人もいる。

だからこそ、育成はセントラライズして、 「とりあえず何か入れたらいい感じに出てくる」ところまでを、一気にセッティングしてしまったほうがいい。 小見出し1でお話しした「型ごとに共通のエンジンを作る」のも、同じ発想です。 ここに外の人を使う意味があります。車輪の再発明をしなくて済むし、勘所は私たちのほうが分かっていますから。

壁3:「当たり前の仕事」は、そもそも改善のアイデアが出ない

前回もお話ししましたが、ここも大きな壁です。

業務①の資産・費用判定のような小さな業務は、当たり前になりすぎていて、 「これって削減できるんだっけ?」というアイデアがそもそも出ない。 出たとしても、「わざわざ誰かにAI化を頼むほどのものではないよね」と消えてしまう。

でも、1件30分の仕事も、半期に140〜170件あれば70〜85時間です。 小さな業務ほど、外の目で見ると大きな改善余地になる。

小さく始めて大きく展開する前に、立ちはだかる3つの壁

全社に広げるには、AIガバナンスが必要になる

N1/N2で使ってもらった人に効果が出ることは、3か月で分かります。 でも、それを本当にみんなの業務に適用させるとなると、これはまた別の話です。 皆さんの業務のどこに入れるのか。どうやって教えるのか。

今回の会社さんのように、判定型の業務には監査や税務という外の目も入ります。 AIが何を参照して、なぜそう判定したのか。それを説明できる状態にしておかないと、広げようがありません。

もう一つ、ライトに始めたときに起こりがちなのが、市民開発※14に非常に近くなってしまうことです。 一人一人が、ある種勝手にやる。 いわゆる「野良AI※15」になってしまう。

ここで必要になるのが、AIガバナンス※16です。

ガバナンスといっても、ルール警察としてのガバナンスだけではありません。 どうやってみんなにもっと使ってもらうかという、浸透させるためのPM的なこともしなければいけない。

  • 守り:ルールの範囲はどこまでかを決める
  • 攻め:どうやって全社に浸透させるかを設計する

この2点は、今まさに多くのお客様が悩んでいるところです。

次回予告

次回は、一つの部署で成功したAI業務改善を、どうやって全社に展開していくか。 「ルールを決める」と「浸透させる」の両輪で考えるAIガバナンスについて、詳しくお伝えします

筆者:落合 剛 / Tsuyoshi Ochiai
コロニー株式会社/執行役員/インキュベーション事業部門長

Profile:
Amazon、EY、電通出身。デジタル、マーケティング、人材開発の領域で構想策定から実行、推進までお客様と共に歩む支援に従事。AI業務改善やDX推進において、ビジネス×デザイン×テクノロジーの観点を網羅した新たな価値創造と実効性の高い創発・仕組み化を得意としている。落合剛のAI仕事術YouTubeで公開中(https://youtu.be/7vdxM3rJk_k?si=Mu1GcvvWIsm37jQo)

企業変革を成功に導くAI実践ガイド

~AI導入から成果創出までのロードマップ~

※1:AI BPR
BPR(Business Process Re-engineering)は、業務プロセスを根本から見直し、再設計すること。AI BPRは、AIを前提に業務の流れを組み直す取り組み

※2:REIT
Real Estate Investment Trust(不動産投資信託)。投資家から集めた資金で複数の不動産を保有・運用し、賃料収入などを分配する仕組み。資産運用会社は、その運用を担う会社

※3:予実管理
予算と実績を比べて差を把握し、その理由を分析する管理業務

※4:入金消込
請求した金額と実際の入金を突き合わせ、入金済みとして処理する作業

※5:暗黙知
経験・勘・状況判断に依存し、文章やルールになっていない知識。対して明文化された知識を形式知(明示的知識)と呼ぶ

※6:RAG
Retrieval-Augmented Generation(検索拡張生成)。生成AIが回答する前に、社内文書などの外部データを検索・参照する仕組み

※7:LLM
Large Language Model(大規模言語モデル)。大量の文章を学習し、文章の理解や生成を行うAI。生成AIの中核技術

※8:ヒューマン・イン・ザ・ループ
Human in the Loop。AIの処理の流れの途中に、人の判断・確認を組み込む設計

※9:労務単価
公共工事設計労務単価。国土交通省と農林水産省が毎年公表する、職種別・都道府県別の作業員の賃金単価。工事見積の妥当性を見る基準の一つ

※10:AI-OCR
AIを使った光学文字認識。書式がバラバラな紙やPDFからでも文字を読み取り、データ化する技術

※11:KPI
Key Performance Indicator(重要業績評価指標)。目標の達成度合いを測るための指標

※12:N1/N2
少人数(1人・2人)の実際の担当者に試してもらう、小規模な実験

※13:プロンプト
生成AIに与える指示文。書き方次第で出力の質が大きく変わる

※14:市民開発
IT部門以外の現場の社員が、自ら業務ツールやアプリを作ること

※15:野良AI
会社の承認や管理の外で、社員が個別に使っているAI。情報漏えいや品質のばらつきの原因になる

※16:AIガバナンス
AIを安全かつ効果的に使うための、社内のルール・体制・運用の仕組み